天竜の森から、浜松の暮らしへ。一本のヒノキが家の柱になるまで

人の手で育まれてきた、天竜の美しい森 The Beautiful Forests of Tenryu, Nurtured by Human Hands
浜松市北部に広がる天竜地域は、古くから林業が営まれてきた、日本を代表する木材産地のひとつです。天竜の森林は、奈良県の吉野、三重県の尾鷲と並び、「日本三大人工美林」のひとつにも数えられています。
山の斜面にまっすぐと伸びる木々。その美しい景色から「天竜美林」とも呼ばれますが、この森は自然の力だけで生まれたものではありません。
木を植え、成長を見守りながら枝打ちや間伐を行い、一本一本を大切に育てる。そして木を伐った後には、再び木を植え、次の森を育てていく。
何十年という時間をかけた人の仕事が、世代を超えて繰り返されることで、現在の天竜の森はつくられてきました。
その天竜の山々で育てられている木のひとつが「天竜ヒノキ」です。
ヒノキは強度や耐久性に優れ、日本では古くから寺社仏閣や住宅など、さまざまな建築に用いられてきました。
私たちのすぐそばにある森で、何十年もの時間をかけて育った木が、やがて同じ浜松のまちで誰かの暮らしを支える木になる。
天竜ヒノキには、木材としての魅力だけではなく、そんな地域ならではの物語があります。
地元の木を、地元の暮らしへ Local Timber for Local Living
花みずき工房では、住宅を支える主要な柱に、地元・天竜地域で育った無垢のヒノキを使用しています。その理由のひとつは、もちろん住宅を長く支える構造材としての強さや耐久性です。
しかし、もうひとつ大切にしているのが、
「浜松の山で育った木を、浜松の家づくりに使う。」
という考え方です。
地域の森林資源を地域の建築に活かすことは、木材の輸送距離を短くし、輸送に伴う環境負荷を抑えることにつながります。
そして何より、地域で木を使うことが、木を育てる人、伐る人、製材する人、加工する人など、林業に関わる仕事を地域の中でつないでいくことにもなります。
森の木は、伐って終わりではありません。
木を使い、そこに新しい木を植え、育て、次の世代へと森をつないでいく。
「地元の木を使う」という選択は、目の前にある一軒の家をつくるだけではなく、その先にある天竜の森を育てていくことにもつながっています。
一本の柱は、一本の丸太を選ぶところから Every Pillar Begins with the Selection of a Single Log
天竜の山で長い年月をかけて育ち、伐り出されたヒノキは、まず原木市場へと運ばれます。山から届いた丸太が並ぶ市場は、森で育った木が「木材」として次の役割へ向かう、大切な中継地点です。
市場に並ぶ丸太を見てみると、一見同じように見えるヒノキでも、その表情は一本一本異なります。
太さや長さはもちろん、年輪の重なり方や節の状態、曲がり、育った環境など、それぞれの木が持つ特徴はさまざまです。同じ天竜の山で育ったヒノキであっても、日当たりや斜面の向き、土壌などによって成長の仕方は変わります。工場で均一につくられる工業製品とは違い、一つとしてまったく同じものがないことも、自然素材である木の特徴です。
原木市場では、こうした一本一本の状態や特徴を見極めながら、その木がどのような用途に適しているのかを判断していきます。
住宅の柱として使う木には、必要な太さや長さを確保できることはもちろん、まっすぐに育っているか、製材したときにどのような材が取れるのかなど、さまざまな視点から原木を見極めることが求められます。
そして、選ばれた丸太は製材所へと運ばれ、四角い柱へと姿を変えていきます。
完成した住宅で目にする柱は、同じ寸法に整えられた建築部材です。その姿だけを見ていると、もともと一本の木だったことを意識する機会はあまりないかもしれません。
しかし、その出発点にあるのは、天竜の山に根を張り、雨や風、季節の移ろいの中で、何十年もの時間をかけて育ってきた一本のヒノキです。
森を育てる人がいて、木を伐り出す人がいて、その木の特徴を見極め、次の工程へとつなぐ人がいる。
どの丸太を選び、どのような材料として活かしていくのか。
家族の暮らしを長く支える一本の柱は、山から届いた木と向き合い、その一本一本の個性を見極めるところから始まっています。
丸太から、家を支える柱へ From Log to a Pillar That Supports the Home
選ばれた丸太は製材所へ運ばれ、住宅を支える柱へと姿を変えていきます。
花みずき工房が主要な柱に使用しているのは、無垢の「芯持ち材」です。
芯持ち材とは、丸太の中心にある「芯」を含むように製材された木材のこと。
一本の丸太から柱を切り出すと、木が何十年もの時間をかけて成長してきた年輪が、柱の中心から外側へ向かって広がるように現れます。
ただし、山から伐り出されたばかりの木を、そのまま住宅の柱として使うわけではありません。
自然素材である木は多くの水分を含んでいるため、製材した後、乾燥窯で適切に乾燥させていきます。
乾燥が不十分な木材は、施工後に水分が抜けることで収縮や反り、変形などにつながる可能性があります。
そこで、木材にどの程度水分が残っているかを示す「含水率」を測定します。花みずき工房では、含水率20%以下を柱として使用する木材の基準としています。
さらに、木材のたわみにくさを示す「ヤング係数」なども確認します。
自然の中で育った木だからこそ、一本一本の個性を見ながら、その性能を数値でも確かめる。
昔から受け継がれてきた木という素材に、現代の品質管理を組み合わせることで、天竜ヒノキは住宅を支える構造材へと変わっていきます。
人の目と技術を重ね、住まいの骨格へ Shaped by Human Eyes and Craftsmanship into the Framework of a Home
品質を確認した天竜ヒノキは、さらにプレカット工場へと運ばれます。
プレカットとは、住宅の設計図をもとに、柱や梁などの構造材を工場であらかじめ加工する工程です。
柱と梁を組み合わせる「仕口」や、木材同士をつなぐ「継手」なども、設計データをもとに精密に加工されていきます。
山で育った木を見極める人。
丸太を製材する人。
木を乾燥させ、品質を確かめる人。
設計データに合わせて加工する人。
そして建築現場で、それらを組み上げていく大工。
一本のヒノキが住宅の柱になるまでには、想像以上に多くの工程があり、その一つひとつに人の経験と技術があります。
天竜の森で育った自然素材と、現代の加工技術。
その両方が重なることで、一本の木はようやく「住まいを支える柱」になっていきます。
天竜の森から、家族の暮らしへ From the Forests of Tenryu to Family Life
加工された柱や梁は建築現場へと運ばれ、大工の手によって一本ずつ組み上げられていきます。
それまで別々の材料として存在していた柱や梁がつながり、家の輪郭が生まれ、やがて一軒の住まいを支える骨格へと姿を変えていきます。
天竜の山に根を張り、長い年月をかけて育ってきた一本の木。山から伐り出された後も、原木を選ぶ人、製材する人、木を乾燥させ品質を確かめる人、精密に加工する人など、さまざまな人の手を渡りながら、ようやく家族の暮らしを支える場所へとたどり着きます。
山に立っていた一本の木が、住まいを支える一本の柱になる。
その長い道のりを思うと、家の骨格として組み上げられていく光景は、天竜の森と私たちの暮らしがつながる瞬間でもあります。
そして工事が進み、断熱材が入り、壁や天井が仕上げられていくと、構造を支える柱の多くはやがて見えなくなっていきます。
完成した住まいで暮らしていると、その壁の向こう側に、天竜の山で育った木があることを意識する機会は、それほど多くないかもしれません。
それでも柱は、家族が暮らす時間のすぐそばにあり続けます。
家族が食卓を囲む日も、子どもたちが成長していく時間も、季節が何度も巡り、家族のかたちや暮らし方が少しずつ変わっていく間も。普段は目に触れることのない場所で、住まいの骨格として、家族の暮らしを静かに支え続けていきます。
浜松の山で育った木が、人の手から人の手へと受け継がれ、浜松のまちで一軒の家になる。そして、その場所でまた新しい家族の時間が積み重ねられていく。
一本の柱がたどってきた道のりに目を向けてみると、森とまち、家づくりと日々の暮らしは、それぞれ別のものではなく、一本の木を通してつながっていることに気づきます。
天竜の森から、家族の暮らしへ。
そのつながりは、地域の木を使って家をつくることの、ひとつの大きな意味なのかもしれません。
木を使うことから、次の森へ From Using Wood to Nurturing the Next Forest
天竜の森で育った一本のヒノキが住宅の柱になるまでには、長い年月と、たくさんの人の仕事があります。森を育て、木を伐り、原木を選び、製材し、乾燥させ、加工し、そして家を建てる。
その一連の営みは、一本の木を住宅へ届けるためだけのものではありません。
地域で育った木を地域で使い、その価値を次の暮らしへとつないでいくことは、林業に関わる仕事を支え、さらにその先にある森を育てていくことにもつながります。
家を建てることと、森を育てること。
一見すると離れているように見える二つの営みは、実は一本の木を通してつながっています。
私たちの暮らす浜松には、家をつくる木が育つ森があります。
そして、その森を守り、木を育て、暮らしへと届けている人たちがいます。
天竜の森から、浜松の暮らしへ。
一本のヒノキが歩んできた道のりは、この地域で受け継がれてきた森と人、そして暮らしのつながりそのものなのかもしれません。
