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Journal lablab
2022.07.01

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

2011年3月11日の東日本大震災は、多くの企業や組織に「想定外」という言葉の限界を突きつけました。金融機関も例外ではありません。金融システムの安定はもちろんのこと、災害発生時に職員や顧客の安全を確保し、地域経済を支え続けるための事業継続計画(BCP)の整備が強く求められるようになりました。
しかし、本当に守るべきものは業務の継続だけなのでしょうか。津波リスクを抱える静岡県下田市で、大手地銀の下田支店が取り組んだ津波救命艇の導入は、「地域金融機関は地域住民の命を守る責任も担っている」という新たな視点を私たちに示してくれました。

3.11後に変化した金融機関のBCP How Business Continuity Planning Changed for Financial Institutions After 3.11

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

東日本大震災は、企業の事業継続計画(BCP)のあり方を大きく変える契機となりました。なかでも金融機関は、社会経済を支えるインフラとして、災害時にも金融サービスを継続することが強く求められています。そのため震災以降、金融庁をはじめとする監督当局は、勘定系システムのバックアップやデータセンターの冗長化、代替拠点の整備など、さまざまな防災・減災対策を各金融機関に求めるようになりました。

しかし、システムや施設だけを守れば事業が継続できるわけではありません。実際に業務を担う職員の安全確保、そして来店しているお客様の避難対策もまた、重要な経営課題として認識されるようになったのです。特に津波リスクを抱える沿岸部の店舗では、「災害発生時にその場にいる人々の命をどう守るか」という極めて現実的な課題への対応が求められていました。

津波リスクと向き合う、大手地銀の下田支店 A Major Regional Bank's Shimoda Branch Confronts Tsunami Risk

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

伊豆半島南部に位置する下田市は、将来発生が懸念される南海トラフ巨大地震による津波被害が想定される地域の一つです。大手地銀の下田支店もまた、そのリスクと無縁ではありませんでした。支店が守るべき対象は職員だけではなく、営業中に来店されるお客様も含まれます。津波警報が発令された際、限られた時間の中でその場にいる全員の命をどう守るのか。この課題に対する一つの解決策として検討されたのが、マストレ社が開発した26人乗りのコミュニティ型津波シェルターでした。十分な収容能力を備え、支店職員と来店客がともに避難できるこの設備は、BCPの観点からも非常に有効な選択肢と考えられました。

しかし、導入に向けては二つの大きな課題がありました。一つは設置スペースの問題です。救命艇はマイクロバス並みの大きさがあり、限られた敷地内に設置すると来店客用の駐車場を圧迫してしまいます。もう一つは景観への配慮でした。救命艇本体は国際的な救命色であるインターナショナルオレンジで塗装されており、有事には高い視認性を発揮する一方で、平時の金融機関の景観としては存在感が強く、お客様に過度な不安感を与える可能性も指摘されました。

 

そこで採用されたのが、既存の駐車場機能を維持しながら防災設備を設置するための独創的な工夫でした。3台分の駐車スペースの上部に鉄骨製の架台を設置し、その上に津波救命艇を配置することで、駐車場を失うことなく防災機能を確保。また、救命艇を覆う専用カバーを新たに製作し、平時には周辺景観との調和を図りながら、緊急時には迅速に取り外して使用できる仕組みを構築しました。さらに架台脇には避難用階段を設け、救命艇は施錠管理によって適切に運用される体制を整備。こうして下田支店では、防災と利便性、そして景観への配慮を両立させた先進的な津波対策が実現したのです。

限られた時間と空間で挑んだ設置作業 The world’s first tsunami rescue boat based on a SOLAS-standard lifeboat

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

津波救命艇の導入計画が具体化すると、次に立ちはだかったのは「どうやって設置するか」という現場の課題でした。救命艇は山口県の工場で製造され、専用トレーラーで下田まで運搬されました。しかし、設置場所は銀行の限られた駐車場スペースの上部。大型設備を据え付けるには十分な余裕があるとは言えず、作業には綿密な段取りと時間管理が求められました。

設置当日は、現地で調達した大型ラフタークレーンが出動しました。クレーンは狭い敷地内で慎重に位置取りを行い、トレーラーから吊り上げた津波救命艇を鉄骨架台の上へとゆっくり移動させます。わずかな角度の違いや揺れも許されない作業で、現場には緊張感が漂っていました。

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任
事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

さらに大きな制約となったのが時間です。銀行は午前9:00には通常営業を開始しなければならず、工事はそれまでの限られた時間で完了させる必要がありました。作業車両の動線確保、周辺への安全配慮、騒音への配慮など、金融機関ならではの条件も重なります。それでも関係者は連携しながら工程を進め、開店前には津波シェルターを無事架台上へ据え付けることに成功しました。

 

架台の上に設置された津波救命艇は、平時にはグレーの専用カバーに覆われ、銀行の景観に溶け込みながら静かにその役割を待っています。しかし、その裏側には、「地域の命を守る」という目的のために、限られた時間と空間の中で知恵と技術を結集した現場の努力がありました。

「防災インフラ」としての新たな役割 A New Role as Disaster Prevention Infrastructure

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

BCPという言葉からは、企業が災害時にも業務を継続するための仕組みづくりを連想しがちですが、下田支店が向き合った課題はそれだけではありませんでした。支店には日々多くのお客様が訪れ、その中には高齢者や観光客など、必ずしも地域の地理や避難経路に詳しくない人も含まれています。大津波警報が発令された際、その場にいる人々を安全な場所へ誘導し、命を守ることは金融機関にとっても重要な責任の一つでした。津波救命艇は、職員のためだけでなく、来店中のお客様を含めた「その場にいるすべての人」を守るための設備として計画されたのです。

銀行は預金や融資などの金融サービスを提供する施設ですが、地域社会の中ではそれ以上の存在でもあります。住民の多くがその場所を知り、日頃から信頼を寄せている地域の拠点だからです。災害発生時には、人々が自然と集まり、情報を求め、助け合う場所にもなり得ます。東日本大震災以降、多くの公共施設や企業に防災機能の強化が求められてきましたが、下田支店の取り組みは、金融機関もまた地域住民の安全を支える「防災インフラ」の一部となり得ることを示した先進的な事例と言えるでしょう。

この津波救命艇は、単に銀行の事業を守るための設備ではありませんでした。地域金融機関が地域とともに生き、地域の未来を守るために何ができるのか。その問いに対する一つの答えが、この取り組みの中に込められているのです。

「何も犠牲にしない防災」が示した未来 The Future Revealed by “Disaster Preparedness That Sacrifices Nothing”

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

防災対策を進める際には、安全性を高める代わりに利便性や景観を犠牲にするケースが少なくありません。しかし、今回の下田支店の取り組みは、その常識に一つの答えを示しました。津波救命艇の設置にあたり、駐車場を失わずに済む鉄骨架台を採用し、さらに専用カバーによって景観への配慮も実現したのです。

このプロジェクトの価値は、津波救命艇そのものだけではありません。「防災か利便性か」「安全か景観か」という二者択一ではなく、知恵と工夫によって両立を目指したことにあります。防災設備を特別なものとして切り離すのではなく、日常の機能の中に自然に組み込むという考え方は、これからの地域防災において重要な視点となるでしょう。

平時には銀行として地域を支え、有事には人命を守る拠点となる。下田支店の津波救命艇は、限られた空間や条件の中でも地域の安全性を高めることができることを示しました。何かを犠牲にして安全を得るのではなく、地域との調和を図りながら命を守る。この取り組みは、これからの防災のあり方に一つのヒントを与えているように思います。

事業継続計画(BCP)のその先へ、地域住民を守る金融機関の責任

大手地銀の下田支店の津波救命艇導入は、単なるBCP対策に留まらず、地域金融機関が地域住民の命を守るという新たな責任に向き合った取り組みでした。限られた敷地や景観への配慮といった課題を乗り越えながら実現したこのプロジェクトは、防災と日常の機能を両立させる可能性を示しています。事業継続計画(BCP)のその先にあるもの――それは、地域とともに生き、地域の未来を守るための備えなのかもしれません。

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