浜松の絹を未来へ
90歳の師匠から受け継ぐ、絹織物の未来

浜松の絹織物がなくなるかもしれない Hamamatsu's silk weaving industry may disappear.
「遠州小巾」の松浦さんはもともと、全国から受注した織物の仕事を産地の職人へつなぐ反物会社に勤めていました。その頃から戸塚さんとは仕事を通じた付き合いがあり、「こんな技術を持った職人はなかなかいない」と、その仕事ぶりに深い敬意を抱いていたといいます。
一方で、織物業界の厳しい現実も目の当たりにしてきました。職人の高齢化が進み、後継者は不足。このままでは長年培われてきた技術や文化そのものが失われてしまうかもしれない――そんな危機感を感じていたそうです。
そんなある日、戸塚さんから「絹織物をやめようと思う」という話を聞きます。
戸塚さんが守り続けてきた技術が途絶えれば、浜松の絹織物もまた姿を消してしまうかもしれない。その現実を前に、松浦さんは大きな決断を下しました。
会社を退職し、戸塚さんのもとへ飛び込んで技術を学びながら、工場と事業を受け継ぐ道を選んだのです。
90歳の現役職人が守り続けた技術 A technique preserved by a 90-year-old active craftsman.
戸塚さんが長年手掛けてきたのは、着物地や帯、手ぬぐいなどに使われる絹の小巾織物です。
※小巾織物=1尺(約35〜38cm)前後の幅で織られる伝統的な織物
浜松といえば綿織物の産地として知られていますが、実は絹織物にも長い歴史があります。
なかでも絹は、綿に比べてはるかに繊細な素材です。糸の種類や状態によって機械の調整方法は大きく変わり、わずかな傷や糸の違いが品質を左右します。そのため、機械を扱う技術だけでなく、糸そのものを見極める経験と知識が欠かせません。
「綿なら一台うまく織れれば、ほかも同じようにできる。でも絹は全部違う」
そう語る戸塚さんは、70年以上にわたり絹の小巾織物一筋で歩んできました。
かつては時代の流れに合わせて、広巾織物への転換を勧められたこともあったといいます。しかし、その後は海外生産の拡大によって多くの広巾メーカーが姿を消していきました。
一方、小巾織物は繊細な調整や高度な技術が求められるため、今なお国内の職人たちによって支えられています。
「結果的には、小巾一本でやってきて良かったね」
そう穏やかに語る戸塚さんの言葉には、時代の変化に翻弄されながらも、自らの技術を信じて守り続けてきた職人としての誇りがにじんでいました。
技術を残したい、
その一心で Driven by a desire to preserve the technology,
松浦さんが戸塚さんのもとへ飛び込んだ理由は、とてもシンプルなものでした。
「この技術を残したい」
その一心だったといいます。
絹織物は、糸の種類や撚りの回数、織り方によってまったく異なる表情を見せます。さらに温度や湿度によっても状態が変化するため、機械任せでは対応できません。糸の特徴を見極め、その日の環境に合わせて調整する職人の経験と感覚が欠かせない世界です。
現在、松浦さんは修業4年目。戸塚さんによると、その習得度は80%ほどだそうです。それでも、かつてなら5年から10年かけて身につけていたような技術を、着実に自分のものにしつつあります。
「昔の職人は『見て覚えろ』だった。でも、それじゃ技術は残らない」
そう話す戸塚さんは、機械の扱い方だけでなく、糸の見極め方や調整の考え方まで、できる限り言葉にして伝えています。
長年守り続けてきた技術を受け継ごうとする人が現れたことは、戸塚さんにとっても大きな喜びでした。
「後を継いでくれる人が現れて、本当に良かった」
そう語る表情には、長年抱えてきた不安がようやく和らいだような安堵と、未来への期待がにじんでいました。
京都からも評価される「浜松の絹」 Hamamatsu silk, highly regarded in Kyoto.
戸塚さんが織る生地は、絹織物の本場・京都からも高い評価を得ています。
完成した白生地は京都へ送られ、問屋や染色職人、着物作家の手によって製品となり、全国へ流通します。
京都には、丹後ちりめんや大島紬をはじめ、全国各地から高品質な生地が集まります。
その中で浜松の生地が継続的に選ばれ続けていることは、品質の高さを示す何よりの証です。
「僕が工場を引き継いだ後も、仕事が切れたことは一度もありません。本当にありがたいです」
松浦さんはそう話します。
浜松の名前が前面に出ることは少なくても、その品質は確かに全国で評価されているのです。
遠州小巾という、新しい挑戦 A new challenge: Enshu Kohaba
現在の屋号は「遠州小巾」。
ロゴに使われている「3788」という数字は、小巾織物の規格である37.88尺に由来しています。
ロゴには縦糸と横糸、そしてシャトルがモチーフとして取り入れられ、小巾織物への誇りが込められています。
工場では、ゼンマイを一緒に織り込んだ独特の風合いの生地や、光沢のある美しい織柄の絹生地など、他社があまり手掛けない製品づくりにも挑戦しています。
「奥が深くて、小巾は本当に面白いです。」
そう語る松浦さんの言葉からは、この仕事への情熱が伝わってきます。
浜松の人にも、もっと知ってほしい I want the people of Hamamatsu to know about this too.
これまでの主な取引先は京都が中心で、地元浜松との接点は決して多くありませんでした。
しかし今後は、織物を使った小物や雑貨の商品開発にも取り組み、地域の人たちにも遠州小巾の魅力を知ってもらいたいと考えています。
「京都とのつながりを大切にしながら、浜松の人にももっと知ってもらいたい」
そう語る松浦さんは、その先の未来も見据えています。
目指すのは、浜松の絹織物をひとつのブランドとして確立することです。
「何十年後になるかは分かりません。でも、浜松の絹が歴史ある産地と肩を並べられるような存在になってほしい」
その夢は決して簡単なものではありません。しかし、戸塚さんから受け継いだ技術を次の時代へつなげたいという思いが、松浦さんの挑戦を支えています。
師匠から弟子へ。
70年以上守り続けられてきた技術は今、新たな世代へと受け継がれています。
遠州小巾の取り組みは、単なる事業承継にとどまりません。
それは、一人の職人が守り続けてきた技術と誇りを未来へつなぎ、浜松のものづくり文化を次の世代へ受け渡していくための、大切な一歩なのです。
- PROFILE
- 不動産業界歴14年。宅地建物取引士ですが、現在は社内DX推進を担当。 「お客様にワクワクしてもらうこと」をモットーに、新しい仕組みづくりや業務改善に日々挑戦しています。 プライベートでは、保護ネコ3匹と暮らす猫好き。 休日はネコのお世話をしつつ、バンド活動に励んでいます。 ニューオリンズ系ファンクをこよなく愛し、自身もハモンドオルガンを担当するバンドを結成。 ハママツ・ジャズ・ウィークにも出演予定です。
