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Journal lablab
2025.07.02

忘れてはいけない、「備える」という責任
日本初”津波救命艇”の開発

2011年3月に発生した東日本大震災は、日本全国の津波への意識を大きく変えました。私たちが経験した津波は、世界最大級の防波堤さえも乗り越えて平和な暮らしの中に押し寄せてきました。史上まれに見る巨大地震と津波が奪ったものはあまりにも多く、同時に「決して繰り返してはならない」という強い思いが私たちの中に芽生えました。
その思いを胸に、私たちにできることは何か?を真剣に考え、大型船舶に搭載されている救命艇をベースとした「国産津波救命艇」の開発に取り組みました。

きっかけは
沿岸部の保育園 It all started with a nursery school on the coast.

忘れてはいけない、「備える」という責任 日本初”津波救命艇”の開発

東日本大震災をきっかけに、これまで「安全であることが当たり前」と考えられていた場所が、突如として危険地域へと変わりうる現実が明らかになりました。同時に、それまで長く軽視されがちだった「津波対策」の必要性とも、社会全体が真正面から向き合うことになりました。
震災の翌年、政府は「南海トラフの巨大地震による津波高・浸水域等及び被害想定」を公表しました。それにより、海岸から約400メートルに位置するある保育園でも、東南海トラフ巨大地震が発生した場合には、最大14メートルの津波が5分以内に到達する可能性があることが分かりました。これでは、従来想定していた800メートル先の避難所へ逃げる時間がないことも判明しました。

120名の園児を守らなければならない園長先生が考えたのは、園児もスタッフも全員が乗り込める、潜水艦のようなシェルターを園庭に設置するという方法でした。そして、インターネットで見つけた、大型船舶に搭載される全塀囲型の救命艇を改良して津波シェルターにできないかと、山口県の造船会社へ直談判したのが、国産津波救命艇誕生への第一歩でした。

津波に負けないデザイン Design that withstands tsunami.

忘れてはいけない、「備える」という責任 日本初”津波救命艇”の開発

東日本大震災以降、さまざまな津波対策関連の商品や設備が開発され、市場に登場しました。簡易的なライフジャケットのようなものから、空気で膨らむゴムボート、ハッチを開けて乗り込む球体型の浮遊カプセルまで、多種多様なアイデアが生まれました。しかし、その多くは十分な安全性の保証がなく、裏付けに乏しいものばかりでした。

一方、行政主導による津波避難タワーの設置や防潮堤の建設も計画されていましたが、完成までには長い年月を要し、「自分たちの身は自分たちで守らなければならない」という課題は依然として残っていました。

そのような状況下で注目したのが、大型船舶に搭載されている救命艇でした。これらは、1996年に改正された国際条約「SOLAS(海上人命安全条約)」に基づいて設計されており、海上での安全性には確かな実績があります。日本国内でSOLAS規格の救命艇を製造している企業はわずか2社。その一社と協議を重ねる中で、震災時に起こり得る衝撃や津波を想定し、外殻強度と復原性のさらなる向上を図るとともに、内部空間の安全性や居住性も高めた、津波に負けない“救命艇型シェルター”の設計を進めていきました。

世界初、SOLAS規格の救命艇をベースにした津波救命艇 The world’s first tsunami rescue boat based on a SOLAS-standard lifeboat

忘れてはいけない、「備える」という責任 日本初”津波救命艇”の開発

私たちは津波救命艇の開発において、次の6つの重要なポイントを掲げました。

 

1:国内生産
海外製の安価な救命艇ではなく、長年にわたり一基ずつ丁寧に受注生産を続けてきた信頼ある国内工場で製造すること。

 

2:穴が空いても浮かび続けること
SOLAS規格では、衝突や座礁により船体に穴が開いても沈まない「不沈性」が厳しく求められています。津波救命艇ではこれをさらに強化し、外殻・内殻に損傷が生じても浮力を維持できる安全基準を設定すること

 

3:必ず起き上がる復元性能
SOLAS規格が求める“荒波でも転覆しない復元性能”を基盤とし、さらに180度転覆した状態からでも、自力で正規の姿勢に戻る高い復元性を備えること。

 

4:水密性と空気循環
津波による強い流れで船体が傾いたり、万一転覆しても、船内に水が浸入しない水密構造であること。その状態でも空気が循環し、内部の安全が確保されること。

 

5:衝突しても壊れない強度
推定される津波流速でコンクリート壁に衝突しても破壊に至らない外殻強度を持つこと。さらに、外殻が損傷しても内部を守る二重殻構造であること。

 

6:現実的な価格で導入できること
震災直後は補助金などの制度が整っておらず、政府の支援がなくても導入できるよう、現実的で持続可能な価格設定を実現すること。

 

震災から約1年が経った2012年6月、私たちは津波救命艇の本格的な開発を進めるために、山口県下関市にある造船所を訪れました。

ものづくりの国・日本で、40年以上にわたり人命を守る救命艇をつくり続けてきた高いクラフトマンシップを持つ造船会社とともに、実際の救命艇や製造工程を確認しながら、試行錯誤を重ね、理想とする津波救命艇の全容をしっかりと具体化していきました。

こうして、津波救命艇の開発は徐々に加速していきました。

沿岸部の保育園に笑顔がもどった日 The day smiles returned to the coastal nursery school

忘れてはいけない、「備える」という責任 日本初”津波救命艇”の開発

東日本大震災からおよそ1年半が過ぎた2012年10月23日。ついに、世界で初めてとなる津波救命艇が浜松市の保育園に納艇されました。山口県の造船所で数えきれないほどの試験と改良を重ね、私たちが掲げた6つの開発ポイントすべてを満たした「国産津波救命艇第一号」です。長い時間をかけて準備を進めてきたその一隻が、120名の園児たちが胸を弾ませて見守る中、園庭にしっかりと設置されました。

さらに、その数週間後には二号艇も続けて導入され、昼間障害標識色であるインターナショナルオレンジに輝く2隻の津波救命艇が並び立つ光景に、保育園全体が明るい希望に包まれました。園児や保護者、地域の方々の笑顔があふれ、「安心」の象徴がそこに生まれた瞬間でした。

設置後に実施された最初の避難訓練では、慣れない園児たちが地震発生を想定して一斉に艇内へ乗り込むのに、約20分を要していました。しかし、その後も繰り返し丁寧に訓練を重ねた結果、数カ月後には全員がわずか5分で乗艇できるようになりました。この訓練は現在も定期的に行われ、園児たちの命を守る大切な取り組みとして受け継がれています。

沿岸部にもう一度安心を Bringing peace of mind back to the coastal areas

忘れてはいけない、「備える」という責任 日本初”津波救命艇”の開発

保育園への救命艇設置から数カ月が経過する頃、私たちの取り組みは国内外から大きな注目を集め始め、遠くはブラジルやロシアの国営放送からも取材を受けるようになりました。同時に、沿岸部で津波対策に悩む多くの方々から相談が寄せられ、私たちは津波救命艇の量産体制を整え、沿岸部の企業、農家、金融機関などへ設置を広げていきました。

さらに、ただシェルターを設置するだけでなく、避難訓練の支援、備蓄品の整備、万一沖へ流された場合に備えた通信設備の配備など、地域の安全をより確かなものにするための環境づくりにも力を注いできました。こうした取り組みの根底にあるのは、「備えることの責任」を忘れず、沿岸部にもう一度“安心”を届けたいという強い思いで、この活動はここからさらなる進化を遂げていくことになります。

 

つづく

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